大判例

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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)1916号 判決

控訴人 荻谷一

右訴訟代理人弁護士 植田義昭

被控訴人 荻谷のぶ

被控訴人 荻谷わくり

右両名訴訟代理人弁護士 横山隆徳

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。当審において追加した被控訴人わくりの予備的請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は「本件控訴を棄却する。控訴人は被控訴人わくりに対し、原判決末尾添付物件目録記載第二の各土地につき、昭和三四年六月二日付時効取得に因る所有権移転登記手続をせよ。(当審において、予備的に請求追加)。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述及び証拠の関係は、左記のとおり附加、訂正する外、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

一  原判決二枚目裏一行目及びその三行目に各「第三項」とあるを、それぞれ「第四項」と改める。

二  原判決三枚目表一二行目「二月二五日」の次に「完成の」を加える。

三  被控訴人わくりの予備的請求

仮に本件第二の各土地につき、被控訴人わくりが控訴人に対して有する農地法第三条に基く許可申請に協力を求める権利及びこれを前提とする所有権移転登記請求権がいずれも時効によって消滅したとしても、被控訴人わくりは本件第二の各土地を昭和二四年六月二日成立した本件調停により控訴人から贈与を受け、同時にその引渡も受け終り、爾来今日に至るまで所有の意思を以て平穏且つ公然に同土地を占有し、その占有の始め善意にして且つ過失がなかったものであるから、右占有開始以来一〇年を経過した同三四年六月二日時効によって本件第二の各土地の所有権を取得した。よって、被控訴人わくりは控訴人に対し、予備的に、本件第二の各土地につき昭和三四年六月二日完成の時効取得を原因とする所有権移転登記手続の履行を求める。

四  被控訴人わくりの予備的請求に対する控訴人の答弁及び抗弁

1  答弁

右請求原因事実中、被控訴人わくりが本件第二の各土地を昭和二四年六月二日成立した本件調停により控訴人から贈与を受け、同時にその引渡も受け終ったことは認める。しかし、その余は争う。

2  抗弁

仮に被控訴人わくりが昭和三四年六月二日完成の時効によって本件第二の各土地の所有権を取得したとしても、同被控訴人はその後一〇年間起算日から計算しても二〇年間控訴人に対し右各土地につき所有権移転登記請求権を行使しなかったから、右登記請求権は時効によって消滅した。よって、控訴人は右消滅時効を援用する。

五  被控訴人のぶの請求原因に対する控訴人の抗弁

仮に被控訴人のぶが昭和三七年二月二五日完成の時効によって本件第一、第三の各土地の所有権を取得したとしても、同被控訴人はその後一〇年間又は起算日から計算しても二〇年間控訴人に対し右各土地につき所有権移転登記請求権を行使しなかったから、右登記請求権は時効によって消滅した。よって、控訴人は右消滅時効を援用する。

六  控訴人の各抗弁に対する被控訴人らの答弁

右各抗弁は争う。控訴人の消滅時効の各抗弁は権利の濫用であるから、結局許されないものというべきである。

理由

被控訴人らの本訴請求(被控訴人わくりについては主位的請求)は、当裁判所もまた理由があるものと判断するものであって、その理由は左記のとおり附加、訂正する外、原判決の理由の説示と同一であるから、ここにこれを引用する。

一  原判決六枚目裏六行目の冒頭に「控訴人所有の」を加える。

二  原判決六枚目裏一〇行目「被告本人」の次に「(但し、その一部)」を加える。

三  原判決九枚目裏一行目「右贈与契約には」とあるを「右贈与契約は、いわゆる隠居面としての贈与であって、同契約には」と改める。

四  原判決九枚目裏一一行目「荻谷正志」とあるを「原審証人荻谷正志」と改める。

五  原判決一〇枚目表九行目から一二枚目表八行目までを次のとおり改める。

(3) 次に控訴人は、被控訴人わくりの控訴人に対し、本件第二の各土地につき農地法第三条に基づく許可申請手続を求める権利及びそれを条件とする所有権移転登記請求権は時効により消滅した旨主張し、被控訴人わくりは右主張は権利の濫用であると主張するので判断する。

農地の買主(又は受贈者)が売主(又は贈与者)に対して有する知事に対する農地法第三条に基く農地所有権移転許可申請協力請求権は、民法第一六七条第一項所定の債権にあたり一〇年間これを行わないときは、時効によって消滅するものと解するを相当とするところ、被控訴人わくりが控訴人から本件第二の各土地の贈与を受けたのは昭和二四年六月二日であることは先に判示したとおりであるから、控訴人に対し右贈与に基づき知事に対し同法による許可申請に協力を求める請求権は同日から一〇年を経過した同三四年六月一日の経過により消滅時効が完成したものといわなければならない(なお控訴人はそれと同時に右知事の許可を条件とする所有権移転登記請求権も時効によって消滅したと主張するけれども、右登記請求権は同条による知事の許可を得て所有権移転の効力が生じたときにはじめて発生するものであって、右許可のないかぎり未だ発生しないのであるからその発生前に時効の問題を生じる余地がない。従ってこの点に関する主張はそれ自体理由がない。)。

しかしながら、≪証拠省略≫を総合すると、亡荻谷惣重はかねて妻である被控訴人わくりに対しその所有財産を本家、分家に分割する意嚮を洩らしていたところ、惣重の死後その家督を相続した控訴人が惣重の遺産全部を控訴人名義にしたため、右被控訴人が水戸家庭裁判所に物件贈与の調停を申立てた結果昭和二四年六月二日同裁判所において当時分家した四男晃に対し惣重の遺産の一部を贈与するとともに、同被控訴人に対してもその老後の生活の資を得させる目的で、本件第二の各土地を贈与し、併せて四女のぶ、五女よし子の扶養及び婚姻等に関する費用は同被控訴人において負担すること等を内容とする調停が成立したものであること、同被控訴人は分家方に居住し右調停成立と同時に控訴人から右各土地の引渡を受け、爾来今日まで自ら又は被控訴人のぶとともに耕作を続け、かつ被控訴人のぶ、よし子らの扶養及び婚姻等の諸費用を負担して前示調停条項に定める約旨を履行していること等の諸事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

被控訴人わくりが本件第二の各土地の贈与を受けた事情及びその後の事情が右認定のとおりであって、同被控訴人が長期間に亘り控訴人に対し右土地に対する所有権移転許可申請手続につき協力方を請求しなかったのも、既に本件各土地の引渡を受けて耕作に従事しており、同被控訴人が老令であり且つ右贈与が母、子間になされたこと等の事情によるものと推認しえられないではないから同被控訴人が権利の上に眠っていたものと認めることも相当ではない。従って、以上認定の事実関係において控訴人が本件第二の各土地に対する所有権移転許可申請協力請求権が時効により消滅したとして右時効を援用することは徒らに同被控訴人を困惑させるだけであって控訴人には特段の利益をもたらすものではないと認められるから控訴人が右時効を援用することは信義則に反し権利の濫用として許されないものと解するを相当とする。よって控訴人の消滅時効の抗弁はその理由がない。

(三) そうすると、控訴人は被控訴人わくりに対し本件第二の各土地につき所轄官庁に農地法第三条による許可申請手続をなし、右許可のなされた場合所有権移転登記手続をなすべき義務があるものといわなければならない。

六  次に、被控訴人のぶの請求原因に対する控訴人の抗弁について判断する。

被控訴人のぶの本訴請求が時効によって原始的に取得した本件第一、第三の各土地の所有権に基くものであることはその主張自体に照らし明らかであるところ、所有権に基く登記請求権はその性質上、消滅時効にかからないものと解するのが相当であるから(民法第一六七条第二項参照、大判大正九年八月二日)、右登記請求権が時効によって消滅することを前提とする控訴人の前記抗弁は主張自体失当であって、採用の限りでない。

そうとすれば、被控訴人らの本訴請求(被控訴人わくりの主位的請求)は、爾余の点につき判断をするまでもなく、いずれも正当であるというべきである。よって、これを認容した原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条第一項によりこれを棄却し、訴訟費用の負担につき同法第九五条、第八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉山孝 裁判官 古川純一 岩佐善已)

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